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アンヒジョンの語るノムヒョン 2010.05.24

2010.5.20 タンジ日報 「アンヒジョン(안희정)に会う」インタビュー記事からの抜粋(原文)
アンヒジョン氏はノムヒョン大統領の側近だったのですが、公職とは縁がなかった人。

(超・前略)

タンジ日報総帥:ノムヒョン大統領のどこが違っていたのですか。ほかの政治人たちと。

アンヒジョン:すべてが違います。品性、合理主義、他人に対する人格的礼儀、配慮。すべてが違うんです。たとえば秘書だとしてもその責任と権限を尊重してくれます。既存の政治人はですね、秘書たちに単に指示をし、秘書も単に仕事をするのです。ところがノムヒョン大統領は会議が終わると、会議でどんな内容が交わされたか、秘書たちのところに来て報告をします。私があなたがたに報告をしないと、あなたがたも仕事ができないではないか。だから私はあなたがたに報告をする。

職務と関連して正確に状況を知らせてくれるし、質問をするとすべてのことをオープンしてくれました。既存の政治人たちはそんなことがまったくありません。わざわざお聞きするのも難しく、まったくないんです。まあ、そんな些細なところから始まって、ノムヒョン大統領は本当に別の種類の政治人でした。そしてそのとき、ノムヒョン大統領が私に言った一言が、当時の私の悩みを解く決定的な助けになったのです。

チョジョンレの太白山脈で、幼いパルチザンが、くそ、私がパルチザンになったときは、人民を解放させようと、良い意味でなったというのにさ、パルチザンの先輩たちを見ると、大根を盗んで食べている。私はガッカリだ。と言うと別のパルチザンがなんと答えるかと言いますと、そんな不完全な私たち人間が、完全な社会主義を建設するというのだから、社会主義革命は偉大なんだよ。と答えるんですね。なのに私はそれが気持ち悪かったんです。それじゃダメだろうと思ったんですね。おいおい、それでも悪事は悪事だろ。しかも、そんなに不完全な人間なのに、歴史が良くなっていくと信じて進んでいけるのかと…

90年初頭に出てきた話だったかな。こんな話がありました。民主化チンピラのほうがひどいという。苦ければ吐き、甘ければ誰にでもくっつく政治工学的な歩みを見ていると、むしろ民主化運動をしていた人たちのほうがひどいという話です。理論を作りだしていた利口な人たちが、自らの正当性を作りだしながら、ああ言ったりこう言ったりするもので、老獪した政治人が見ても、それがとてもみっともなかったので「民主化チンピラのほうがひどい」という表現が出てきたんです。そんな人たちが集まって歴史の進歩などあるものか。そんな政治ばかり見せられて、すべてに懐疑を抱いていたころだったのですが、そのときノムヒョン大統領が私になんと言ったかといいますと、

「ヒジョンさん、それが本当に難しい主題だけど、私はこうだと思う。こんな言葉があるだろ。三つ子の癖八十まで(三つ子の魂百まで)だって。人は変わらないと思うんだよ。私が見たかぎりでは。三つ子の癖は八十まで行く。つまり個体としての人間は変わらないということだ。にもかかわらず人類は進歩しているということが不思議だとは思わないか。」

そうおっしゃるんですが、独り言のように。あ、それが私には何年も悩んでいた問題の答えになったんです。そのとき何か悟りを開くように重要な会話を交わしたわけではまったくありません。ただ独り言のように言った言葉です。なのに、時間が経ってみると、そんな言葉が私には残っていたんです。人間に対する信頼というか。あの大統領のあの言葉が今まで残ったもので。個体としての人間は変わらないが、その個体が集まった集団としての人類は常に進歩してきた。それが進歩主義者の歴史観ではないだろうか。

そう。一人一人の人間に失望していられない。一人一人に失望して信念を捨てるのではなく、人生は常にそうだと諦めないようにしよう。私たちが歳をとりながら社会化していく最初の過程が、人間に対する失望を形作ることです。私はこれを社会化過程の最初だと思います。仕方ないんだ。人間は。利口なふりをしないで、適当に生きていくんだ。そのように人間に対する失望を学習させることが、社会化していく一番最初の内容だと思うんです。

(超・中略)

タンジ日報総帥:さっき、イインジェが出てくるから私も出ると言ったことじゃなくて、本人自らが、ノムヒョン大統領本人が、もう私が大統領をしなければ…と決心した瞬間がありませんでしたか?私は2001年に最初に出馬を宣言されたときも、これは必ず自分が大統領になるといって出馬をしたというより、この状況で自分には役割がある。だから出る。といった程度に感じたんですけど。

アンヒジョン:ノムヒョンの政治路線、ノムヒョンの政治的哲学の特徴を話すなら、これが外形的には「勢」囲碁です。「家」囲碁を打ちません。つまり私が国会議員になろう、私が大統領になろうという具体的な目標をねらうようなものではなく、歴史と価値という名の戦いなのです。

2002年度の戦いというものは、地域主義の統合、地域主義政治を克服しよう。つまり私たちでオープンな反則のない社会を作ろう。それが目標でした。地域主義政治をやめ、特権がなく、反則を行わない社会を作ろう。そして原則と常識どおりに生きても損をしない社会を作ろう。そうやって法治主義社会を完成しよう。これが政治をする理由だったんですね。

だから、これをしないといけないのに、必要なら大統領をしてもいいのです。そしてこれは勝敗とは関係がありません。勝っても負けても、この価値を持ってその舞台で戦えば、その価値に対して寄与することになるのですね。多くの人々が負ければ意味がないと話しますが、それは短期純益の話で、短期純益ではなく資産価値を考えれば、まったく別の観点を持つことができます。

そんな意味で、ノムヒョンの政治哲学は価値中心です。この価値を持って戦っていくこと、それが大統領選挙になれば、大統領候補の資格でその戦いに臨むのです。自分のクラスが国会議員であれば国会議員選挙に出てその価値を持って戦うのです。つまり国会議員や大統領になるためではなく、その価値を実現する機会があれば、そのために戦いに挑むのです。

代表的にノムヒョン大統領がチョンモンジュン候補と候補単一化をした2002年12月、その夕方に勝ったと電話でお伝えしたら、ああ、そうか、わかった。と簡単に一言だけおっしゃったんです。そしてその次の日に会って、どうですかと聞きました。

なぜなら。候補単一化して覚書を書いてラブショットも撮ったその日の夜に、私はたくさん泣いたんですね。一生集めた財産を、あの金持ちのお坊ちゃんに一発で取られるのだな。あまりにも空しかったのです。あまりにも悔しい。あの人はただ自分のポケットマネーから少しだけ取ってバッティングしたのですが、私たちは生涯を通して集めた財産をすべてバッティングすることなのに、そこまで追い込まれた境遇があまりにも悔しかったんです。それで、なぜラブショットまで取って人の胃を苦しくさせますか…大統領に30年間貞節を守った母が一晩で再婚した感じがしましたと(笑)

総帥:それもいきなり現れた、金持ちの知らない男と。(爆笑)
アン:そういうと大統領が、そいつがいきなり頼むから、仕方ないだろと。(笑)

総帥:それで次の日の朝に、どうですかと聞いたらどうおっしゃられたんですか。
アン:

「私が単一候補でこんなふうに大統領になるよりも、私が敗者になりより多くの仕事ができるのではないか。そんなことをおっしゃいました。敗者としてどんな姿を見せてくれるかによっては、より多くの人々に影響を与えることができるではないだろうか。勝者として恩恵を与えるより、敗者としてどう行動するかが、より歴史の教訓があるではないだろうか、とおっしゃられました。政治というのはどうせ人々の考えを変え、その考えの変化を通じて時代を変えようとすることが政治なのに、ならば私の役割モデルが、敗者の役割モデルになるとしても、私は大丈夫だ。上手くやる自信がある。」

こうおっしゃられたんですね。それで、あ、そうだな、そんなものだな。政治とはそういうものだ。政治をこうやるからかっこがつくんだな~私は内心そう思いました。

(超・中略)

総帥:世論調査が、そのときノムヒョン候補が不利ではありませんでしたか?
アン:それが政治人ノムヒョンのやり方です。むしろ世論調査で一番押されているとき、チョンモンジュン氏より遅れているとき、チョンモンジュン氏が自ら有利だと思う発想を逆発想で跳ね返す、そのタイミングは純然たるノムヒョンの政治感覚です。自分が優位であるときに、勢いを持って攻め込み、早く単一化しようとしたところを…

総帥:それは普通に政治人たちがすることでしょう。
アン:はい。しかし自らが押されている状態でくじけず、堂々と撃ち返してしまうのがノムヒョンのやり方です。

総帥:実はそれで人々が、ノムヒョンを助けるべきだという考えを持つようになったんですよね。あの人を生かさなければならない。それで世論調査が覆されたんです。実はそんな胆力と感覚は生まれつき持っていないと身につきません。頭でするものではなく、品性ですね。そして候補単一化推進協議会が出てきて、そんな内部論乱があったのは支持率が落ちたからでもありますが、実はノムヒョンが大統領選挙候補級の資金を調達してきたり、勢力を作るなどが、なかったからではありませんか?

アン:なかったですね。
総帥:それでそんなふうに『候・単・協』が出てきたりしたのではありませんか?

アン:伝統的方式のボス権限、それを使用せず、そして伝統的方式のボスの義務も果たしませんでした。(笑)
総帥:つまり金を取ってこなかったってことだろ(爆笑)ああ、取れなかったのか、取らなかったんじゃなくて。
アン:あ、取らなかったのです。
総帥:そうですか?

アン:私が手をつくそうかと思ったのですが、候補に止められたのです。2002年4月に私たちが候補になったんです。
総帥:なのに金を持ってこないと、政治の場でかっこがつかないでしょう。候補としては。
アン:そうです。候補が登場して、事務総長を呼んで、党資金が溢れかえるようにしてやり、選挙対策本部長たちにビシッと。

総帥:刺してやる。
アン:刺してやる。
総帥:それをしてから組織が動く…

アン:そうすると人々が、ああ、やっぱりうちのボスが流れに乗っているぞ。そう言いながら人々が列に並ぶようになるのです。なのにその過程で借金をすれば、大統領になって何をして返せばいいのです。だからノムヒョン大統領がそんなことは一切できないようにしました。私はそうしてでも候補の地位を強固にしようと心が揺れたのですが、ノムヒョン候補に止められました。

(超・中略)

総帥:さっき天然水事業についてちょっとおっしゃいましたが、結局、そのことで裁判を受けたでしょう。これは私が考えても本当に悔しいことです。それが賄賂だとされたことが。なのに、とにかく監獄へ行かれたでしょう。悔しいことに。

アン:はい…それが実は本当に悔しかったんです。2004年度12月に拘束されたとき、その当時、大統領も私も一緒に抱いていた悩みが、これはただ与党と野党で政治的に妥協して機嫌を取ったほうが正しいのか…それとも明るみに出したほうが正しいのか…そのときの判断では、世間にさらけ出そう。それと同時に企業の不正資金問題も、この機会に干して乾かすべきではないか、日差しに。

総帥:はい、そんな大義名分はかっこよく聞こえますが、それは本人の話でしょう。本人が監獄行きになる問題です。

アン:2003年2月に私が引受委から身を引き、独立宣言をした時点から捜査を受ける決心をしたのです。これは抜けられないだろうな。ならば捜査を受けよう。そのときの私の気持ちがどうだったかというと、本陣はこれから前へ出発し、私一人、足に怪我を負った者が一人残って、追撃屋たちを迎え撃つ状況になったのですが。

総帥:それを誉れ高く一人で倒しきって、再び本陣に合流するわけでもありません。
アン:私がここで勝って本陣にまた合流する可能性があるだろうか。そう希望を抱いてみましたが、どう見てもそんな希望はありませんでした。結局、5年間ずっと本陣に合流できませんでした。

総帥:今ならアンヒジョンといえば義理、義理のイメージが作られています。本当にそうです。今はです。しかし考えてみると、若さのすべてを捧げてノムヒョンを大統領にしたというのに、その栄光は一度も享受することができませんでした。最小限の栄光を享受する機会すらありませんでした。当選されてすぐ青瓦台にも入れませんでしたし、青瓦台どころか監獄に入りましたし、出てからも公薦ももらえませんでした。つまり5年の間、何一つ得ていません。これが悔しくなかったというのですか?本当に?

そして私の記憶では、ムンジェイン首席もアンヒジョンの件を拘束のほうで話したと覚えています。ならば、事実上、見捨てられたんでしょう。そのときのことを、企業不正資金を日差しに乾かすだの、歴史的意味がどうのこうの言ったところで、実際にやられる人の立場では、これは本当に薄情で冷酷な仕打ちではありませんか。しかも、それ以降が保障されているわけでも、約束も何もない。

アン:はい、まあ、私にはとても難しい…私だけでなく家族たちにもすごく難しい…
総帥:本人はせめて論理だけでも理解しているでしょう。心は苦しく体はつらくても。しかし家族の立場ではとても受け入れがたいのです。それは。一生を捧げたのに、みんなが栄光の場にいるときに一人だけ監獄へ行くなど。それもその金を自分で取ろうとしたわけでもなかったのに。

アン:それで大統領が就任されてから、5月だったか6月だったかの国民との対話の時間に、アンヒジョン氏は私の同業者です。と答えられたのです。側近のアンヒジョン氏がこうなったが、どう思われますか?と質問したら、アンヒジョン氏は私の同業者ですと答えちゃったんです。

総帥:ふむ…
アン:それで…(補佐陣が入ってきて、時間がないというサインをする)ああ、もう時間が切れたようですけど(爆笑)
総帥:ワハハ…やっと半分だっていうのに。
アン:え?本当に半分ですか?
総帥:半分ですよ。出馬すると聞いて来たのに、まだ出馬の話は切り出してもいないでしょう。(爆笑)これもう一回やらねばな。今日はとりあえずあと30分お願いします。

補佐官:いや、そんなわけには…もう外に来ておられますよ。教授と、コンサルティング会社のほうから…
総帥:じゃあ、もう1回来ますので、そのときに第2部を。(笑)
アン:ハハ、はい…

総帥:ならこの1部をあと10分ぐらいください。
アン:あ…(補佐官の様子を伺う)いいですよ。
総帥:まだ出馬もしていませんので(爆笑)

アン:そのとき家でTVを見てて、拘束令状が棄却され家にいたころだったのですが、そのTVを見ててびっくりしたんです。大韓民国の大統領が、そのときが2003年度ですから7年前なら、私の年は40。若い参謀に大統領が同業者だと話をするということは、それも今、賄賂の嫌疑をかけられている人にです。これは大統領には手痛い攻撃のネタになりますし。

それでその数日後に、一度お会いする機会があって、日曜にご飯を一緒に食べようと言って会いに行って、なんでそうおっしゃったのかと…そうおっしゃらなくても私は大丈夫だし、私の心配はされなくていいと話したら。

「君の心配をしているのではなく、君の家族のせいでそう言ったんだ」

とおっしゃられたんです。君の両親や家族がどれだけ苦しいだろうと思って、そう話したかったと。そのことを大統領も私も、大統領を守るためにトカゲの尻尾切りをしているのではないということはあまりにもよく知っていたし、主流からすれば食べてはいけない権力を食べてから、彼らに完全にボコボコにされてるだけでしたからね。(笑)

私たちはその冠を持ったまま、決してリングの外へは出られない運命にいました。ほかの人々はセレモニーをしたり、家に賞牌を持って戻りますが、私たちはその冠を被ったまま、リングで殴り殺されるか戦うしかない運命が、大韓民国でのノムヒョンと私たちのチャレンジでした。そのために、私がどこにいようがそんな時代意識を共有していたために、私の心が苦しくても耐えられる力があったのです。

総帥:家族たちはノムヒョン大統領の悪口を言っていたでしょう?
アン:うむ…
総帥:人間ならば悪口を言って当たり前だと思うんですけど。私は。

アン:それは…
総帥:二人だけの交感ですがね、御二方の間のことですし。

アン:ですけど、私の両親や家族は、幸いにも大統領を恨む気持ちを持ちませんでした。なぜなら大統領が楽に大統領をできたならともかく、大統領任期の間、1日たりとも楽な日がなかったでしょう。もし、アンヒジョンは苦労するのに大統領は大統領として上手くいっている。ならば恨まれたかもしれません。ですが大統領は私が監獄へ行く以上に、絶え間なく攻撃を受け苛まれていたのに、それを恨むことができますか。任期5年間ずっとそうでしたでしょう。それで幸い、うちの家族は誰も大統領を恨む気持ちを持ちませんでした。

総帥:初選議員を大統領にまでしたんです。作るのにとても重要な役割をしました。なのに本人は監獄へ行きました。今ならせめて義理というキーワードは手にしています。あの5年間は本人は自由を奪われ、忘れられ、なんの仕事もできなかったし。なんと5年間もです。スポットライトは、たとえばユシミン元長官が受けました。これが悔しくありませんか?人間ならば。

アン:なぜそんな気持ちがないでしょうか。そんな気持ちがありました。そんな気持ちがありましたが、なんとかその誘惑に惑わされずに、よく耐えてきました。どうやって耐え抜いたのか自分でもわかりませんが、とにかく。もちろん、そんな声は耳に入りました。誰が上手くいっており、誰がバカを見ており、誰がどうなったと。そんな話が聞こえますが、それを克服した一番の所以は、ムンジェイン室長やイグァンジェやユシミン氏を私が好きなのです。好きですからその人々がスポットライトを受けて、上手くいっていることを私も喜ぼうと努力したんです。

ここまでが用意された返答だ。一生訓練された政治言語で精製された返答。たぶん似たような質問に似たような返答をしてきただろう。そして本人もその状況を克服するため、自分を説得するための論理を自らそう整理しておいたのだろう。しかし人間が名分と論理だけですべての難関に耐えることはできない。

私は政治人アンヒジョンではなく、人間アンヒジョンの答えが聞きたかった。
そして問いすぎた質問を、またぶつけた。


総帥:しかし、青瓦台でそのありふれた何かの職についたわけでもないし、監獄へ行って国会議員も出られなくされ、長官どころか、いかなる席もなかったんでしょう。それは名誉すらないのです。脱力するだろうし、無職だから経済的にも苦しい。

アン:ノムヒョン大統領がチョンモンジュンによって敗者になったとき、敗者が歴史にどう寄与しているかについて話したと言ったでしょう。私も同様に、大きな配役を担っているのだと考えていたのです。私も悔しい気持ちになったりするし、怒るときもあったし、妬み嫉妬するときもありましたが、今の私の配役はこの配役だ。この配役も一番積極的な配役だと私は考えたんです。そうやって私自らの論理を作って、絶え間なく…そうしたのです。

ですから、私は自分がそれだけの才覚はあると考えているのです。(笑)ノムヒョン大統領からそんな精神を学んだし、さっき申し上げましたがチョンモンジュンによって敗者になったとき、ああ、政治とはああいう気持ちでやるものだな、これだ、これが本物だ。長く見て歴史を書いたとき、凸だけが活動しているのではない。凹もいくらでも役割をする。スポットライトを受けるところでのみ、日の下でのみ役割があるのではないと考えようと努力したんです。

そして大統領選挙資金捜査で身を差し出して一人で監獄へ行きましたが、その囚人は大統領と結んだ義理と友情と信念が変わらず上手く耐え、5年が終わると、その終わる瞬間が私が嫁いでいく日だと考えたんです。(訳注:この人男です。たとえです)

総帥:逆に、そうやって。
アン:はい。それが2004年度に監獄へ行ってした、私なりの心の勉強でした。

総帥:どうですかね。(爆笑)今なら全部過ぎたからそう話せますが。当時は、くそたれ。俺だけじゃえかよ!(爆笑)
アン:ハハハハハ。
アン:そうです。そう考えることもできますが、でも、そう考えるよりは…(長い間、考え込む)ただ、私は大統領が好きでした。

彼の目に涙が現れた。名分と論理で現象を説明することに生涯慣れていた彼自身も、始めて気付いたのだ。その理由に。

総帥:ノムヒョンがそんなに好きでした?
アン:はい。大統領の助けになる道があるなら、なんでもすると考えました。

総帥:そこまで魅力的な人でしたか?
アン:はい。とても良かったです。

総帥:ノムヒョン大統領を人間としてお好きだったようですが…ハンミョンスク元総理をインタビューしたとき、ノムヒョン大統領逝去のことを、アンジョンヒに電話で聞いたけれど、声が思ったより淡々としていたと言ってたんですけどね。

アン:ハンミョンスク総理に電話をしてたかな?(起きてティッシュを取って鼻をかみ)よく思い出せませんね。(すすり泣きながら)私もムン室長から電話をもらい、ボンハ村へ降りて行ったり、気が気でなかったもので。

総帥:なんで目を赤くされているんですか?(笑)

アン:大統領が良い方だと話をしてみると、いきなり懐かしくなって。(再び起きてティッシュを取る。涙をぬぐい。沈黙。涙ぐむ。)そうです。私が、その…(再び鼻をかみ)(長い沈黙)あ、まったく…とにかくあの方を手伝って監獄へ行く役割でも、あの方のためにすることなら、私は幸せでした。

私は何かが悔しいという考えをする余裕もなく、好きでした。あ…(再び長い間すすり泣く)その日の朝に、ムンヨンオク氏から電話が来たんです。兄さん、大統領が怪我をされて、病院に行かれました。早く下りてきてくださいと…(再び鼻をかみ、長い間沈黙)ほかのことは話さないから、早く来いと。朝8時だったかな…たぶん病院でひと騒ぎ起こしてから電話をしたと思う。これ以上望みがないと考えたのだろう。(しばらく沈黙)

それから降りていきながら、ハン総理と通話したことがよく思い出せないな。とにかく、その当時、行く間ずっと信じられなかったからな。なのに大田を過ぎたころだったかな、天安を過ぎたころだったか、そのとき、逝去を公式化したと(涙)あ、あの時から…いつだったかな、4月30日、31日、そのとき検察に召喚されるとき、あのとき私がバスを止めてでも行かせなければよかったのに。そのとき行かせなければ。(涙)

この部分で彼はしばらく泣いた。
くそ、涙を我慢するのは大変だった。


総帥:イチャンドン監督がこんなことを話したんです。あのとき出頭してフォトラインに立ち、写真を一斉に撮って、そうしているとノ大統領が、もうやめましょう…と言って入ったのですが。そのとき、もうやめましょう…と話す表情を自分が見たが。そのとき自分はとても不安だったと言うのです。その言葉が。それが特別な言葉ではなかったのに。なぜかとても不吉な感じを受けたと。

アン:その日の昨夜に数人で押しかけて挨拶に伺ったときに大統領が、参加政府のときの長官たちの前で「申し訳ありません。」とおっしゃるもので、私が前に座っていたのだから、そんなことを言わないでください。なぜ、申し訳がないのですか。大統領の権力を持って、パクヨンチャに何か良いことをしてやりましたか。大統領の権力でパクヨンチャにしてやったことがないではありませんか。退任してからボンハ村のことを少し助けてもらいました。それが大統領の権力となんの関係がありますか。それは権力型不正ではありません。古い後援者が退任した大統領のために寄付したことなのに、どこに問題がありますか。と言ったら、ノムヒョン大統領がとても困った顔で。

「私の立場からそれが言えるのか…」

とおっしゃったんだ。誰かが代わりにそれを言わなければならなかった。それを誰かが言わなければならなかったのに。なのにそのとき、イファンジェもアンヒジョンも足と腕がすべてもがれていたんだ。私も大田市庁から10億をもらっただの、15億をもらっただのと言って朝中東が暴れていたのに、それで泥がついたやつが「私たちは権力型不正を働いていない」と叫んだところで、大統領にはマイナスになる。完全に周辺の足と腕ををもぎ取っておいて、懐まで入ってきてしまったんです。刺客が。(タバコに火をつけて一口吸ってから)そうだ。出馬のこと話すんじゃなかったんですか。(大爆笑)

総帥:さて、出馬の話はこれからしましょう。(大爆笑)時間がないので一つだけ話します。おれはイミョンバクに復讐したいんだコラ。そんな人は多いんですが、方法を見つけられずにいます。民主党は信頼できないし、参与党はまだまだですし。支持できる場所がありません。

アン:(煙を吐いて)それで私が忠南都知事に出馬するんです。(大爆笑)今回の地方選挙で、忠南都知事アンヒジョンの勝利は、イミョンバク大統領には胸の痛い敗北になるはずです。16個市都知事と大統領が協議する光景を想像してみてください。あの方を20年近く補佐してきた参謀が、あの方が建てた均衡発展と政策的価値をすべて機知として掲げて国民に選ばれ勝利するということ。後日の歴史がこの状況をなんと記録するでしょうか。私はその歴史に記録を残したい。私が挑戦する一番大きい理由が、この歴史を記録に残すためです。

この歴史の記録は私がそのときなんと喋って主張したかではなく、国民が当時どんな価値判断を下し、どんな結論を下したかが重要なのです。後任大統領が前任大統領を侮辱し恥をかかせしまいには死へ追いやったが、彼のために最後まで義理を守り、彼の価値のために献身してきたアンヒジョンが、その死の不当さを知らせながらその次の年の選挙で勝利した。そしてその勝利が、ノムヒョン精神を継承する出発点となる。歴史は記録する者のものであり、その記録は勝利を通じて完成されるのです。だから挑戦するのです。

総帥:選挙の話はやっと始めたのに、すぐ終わりましたね。(爆笑)後半戦は今度いたしましょう。(笑)
アン:そうしてください。(笑)

こうして出馬インタビューをしに行ったが、出馬の弁はたった1分聞いて終わった。
だがこの1分で十分だった。

私は実はアンヒジョンに聞きたいことは一つだけだった。彼はなぜノムヒョンを見捨てなかったのか。
5年なら短い年月ではない。しかもみんながそれなりの方式で報われていた時代に、
むしろ捨てられ忘れられるということは、その寂しさと絶望は経験していない人には想像しがたい。
しかもその向こうで、何らかの恩返しが待っているわけでもない。
このようなことは名分や論理では説明できない。捨て身だと言っていい。
彼はなぜ、捨て身でノムヒョンの側にい続けたのか。私はそれが知りたかった。

やっとわかった。だから彼の側から離れられなかったのか。
やっとわかった。ノムヒョンがなぜ彼のために涙を流したのかを。

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