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親日派の系譜 2010.06.04

親日派が牛耳る韓国の近代史のまとめ

空前のヒットを記録した「黎明の瞳」というドラマがあります。

これにスズキという悪役の高等系刑事が登場します。(*朝鮮人です)この人物は多くの独立運動家らを捕まえて拷問し、死にいたらしめます。罪のない人に不逞鮮人のレッテルを貼って冤罪をかぶせることもありました。主人公のハリムもまた、この人物に家族を失った犠牲者のうち一人でした。スズキはハリムにも罪をなすりつけるために奔走します。そんな中、第2次世界大戦が勃発し、ハリムは徴兵されますが、脱出し、米特殊部隊に渡って、独立運動にも足を踏み入れます。

そして戦争は連合軍の勝利で終わり、ハリムの祖国は解放を迎えます。ついに世の中が変わりました。ハリムは平凡な市民に戻ることができました。ところが、ハリムはひょんなことで訪れた警察署で、信じられない光景を目撃することになります。警察署で、相変わらず部下に命令を下しているスズキを見かけたのです。激昂したハリムは、駆け寄ってスズキの胸倉を捕まえて叫びます。

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「スズキ!お前が何故ここにいる!お前が何故ここにいるんだ!解放になったんだよ!スズキ!」

この問いに対してスズキは、部下たちにハリムを引きずり出せと命令します。ハリムは無力にも警察に引きずられていきながら慟哭します。それを忌々しそうに眺めるスズキがうそぶきます。「あのアカ野郎が…」

「黎明の瞳」劇中で、このシーンはとてもショックなシーンなのですが、親日派は国が解放になっても処罰されるどころか「役職を約束」され、独立運動をした人はアカとされ「暴力の餌食」になる解放後の状況。解放になっても世の中はまったく変わらなかったということ。これは物語のために用意されたフィクションではなく、韓国史で実際に起き、今なお続いていることなのです。

米軍政を後ろ盾にしたイスンマン(李承晩)は、政権を掌握するために親日派をすべて吸収します。

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状況が反転し処罰されることを恐れていた朝鮮総督部の官僚たちと警察などは、喜んでイスンマンにくっ付きます。そして韓国戦争が起きるのです。親日派は活路を見だしました。彼らは「アカ」をダシにして自分の身を守ったのです。「アカが攻めてくる」、「アカが君たちを殺そうとする」、「私たちしか、アカから君たちを守れる者はいない」

そうして親日派は植民地時代の権力を維持したまま、建国の功労者としての地位を固めます。イスンマン独裁時代において勢力を広めていった彼らですが、再び危機が訪れます。1960年、4.19革命が起きたのです。彼らは肝を冷やします。

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ところが、たった1年後…パクチョンヒ(朴正煕)による軍事クーデターによって、親日派たちにはまたもや活路が開かれました。

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彼らは次に、パクチョンヒの共和党に身を投げます。彼は大日本帝国に心酔していた男ですので、歴史の必然かもしれませんね。そしてパクチョンヒの独裁が始りました。パクチョンヒは憲法改正を行い、自分が死ぬまで大統領をつづけられるようにしました。国会?そんなものはいりません。解散させてしまいます。夜ごとに秘書室長に手配させ、女子大生を抱いたまま酒を飲む趣味をつづけていたのですが、1979年10月26日。この日もまた女子大生を呼んで酒を飲んでいたところ、銃に撃たれて死にました。

親日派はまたもや頼るべきボスを失いました。安心する暇もありません。…しかし希望の光は、またもや照らされました。全斗煥(チョンドゥファン)が12.12クーデターを起こして政権を掌握したのです。親日派らは、言うまでもなくチョンドゥファンに抱きつきます。

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1980年5月18日の光州にて、民主化を要求する市民に向けて銃弾を放ち、多くの罪なき人々が殺されます。

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そして自分たちだけで集まって、勝手にチョンドゥファンを大統領に選出します。パクチョンヒの共和党の人事たちは、今やチョンドゥファンの民政党を構成することになりました。

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やがて1987年6月。最大の危機は訪れます。

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全国民が大統領直選制を要求しながら街へ溢れ出てきたのです。果てしなく溢れ出てきました。大統領はお前らに選ばせない。私たちが直接選ぶとダダをこねます。ノテウに大統領職を継がせようとしていたチョンドゥファンは、仕方なく屈服します。そして、ついに、大統領を国民が直接選ぶ選挙が始まります。親日派たちは、今度こそ崖っぷちに立たされました。ところが、彼らにとって泣くほど歓迎すべき奇跡が起きました。

長く民主化運動を一緒にしてきたキムヨンサム(金泳三)とキムデジュン(金大中)が、2人とも相手に大統領の座を譲ることができず、口論した末に候補単一化に失敗し、票が割られたのです。

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結局、ノテウが35.9%の得票率でギリギリに大統領に当選されます。親日派はまたもや安泰です。それから何があっても一度は大統領になってやると決心したキムヨンサムは、ついにノテウに降服します。ノテウ、キムヨンサム、キムチョンピルが3党合党をし、民自党を作ります。

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唯一の民主化勢力となったキムデジュンは孤立します。

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90年1月30日、民主主義を叫んでいた勢力が独裁軍事政権(民政党)と3党合党する前日、統一民主党の解体式場で、キムヨンサム総裁が「解体に異議ありませんか?」と聞くと、空気の読めないノムヒョン氏が一人で「意義あります!」と叫びます。司会者だったキムヨンサムはノムヒョン氏を見なかったふりをして「なら、異議がないということで…議決したこととします」と語ります。そのとき、ノムヒョン氏が大声で喚きます。「私は反対しています!」統一民主党は解体され、キムヨンサムは大統領になります。

そして次の大統領選挙で、民主化運動の経歴を売り払い、良心を売り払い親日派軍事独裁勢力と手を結んだキムヨンサムは、生涯の夢だった大統領に当選します。党の名前は新韓国党と変えました。

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そして賄賂や不正にまみれた政府は1997年、IMF事態を招きます。国が破産したわけです。

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多くの会社が消えてなくなり、多くの人々が職を失い、多くの人々が一升瓶を握って漢江に飛び込み、首を吊りました。新韓国党はこっそりハンナラ党に名前を変えます。ただ党の名前を変えただけで、国を破産状態に追い込んだ彼らは40%の得票率を大統領選挙で獲得します。信じられないことです。

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にも関わらず、紙一重の差で、ついにキムデジュンが大韓民国史上初の政権交替を成し遂げます。親日派が大韓民国建国以来初めて、政権再創出に失敗した事件が起きたのです。パニックに陥った彼らは、5年の辛抱だと再起を誓います。5年間ひたすらキムデジュンを赤だと罵倒します。スズキがハリムをアカにしたように、彼らの特技はとにかく相手をアカに仕立てることです。

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ハンサンボム名誉教授(東国大):マッカーシズムの論理、それが最後のカードなのです。我が国の右翼には民族主義がありません。なぜなら日帝時代にすべて親日派のほうへ投降した売国奴勢力であるため、この方々の唯一の論理が反共です。反共を使って今まで正当化することができました。反共する相手がいなければ容共分子を仕立てあげます。反共一筋です。唯一の生命線は反共だけです。しかし、それすらも偽りの反共なのです。

しかし5年後、一番見下していたノムヒョンにまた敗北します。

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もうなりふり構いません。再び5年間、アカだと印象付けることに心血を注ぎます。経済が死亡したと叫びます。庶民経済は壊滅したと叫びます。まるでIMFはキムデジュンが招いたことのように思えるほどです。

とにかく、キムデジュン・ノムヒョン政権で親日派名簿を作り真相を調査する作業が始まります。親日派たちは危機感を覚えます。政治的弾圧だと論点をすり替えます。その過程でニューライトが結成されます。反対者を赤にするだけでは足りないと感じた彼らは、もはや自分たちの過去の行いを隠そうとしません。植民地時代は素晴らしかったとの説得に乗り出ます。親日行為を正当化する頃合いが来たのです。

統計資料をもとに植民地時代はすさまじく経済が発展した時期だったと主張します。それが近代化をもたらしたと主張します。自分たちを親日派と呼ばず、近代化勢力と呼んでほしいとのこと。軍事独裁勢力ではなく近代化勢力なのだと主張し始めます。彼らの論理はシンプルです。「親日の事実があるとしても、経済がよくなればそれでいい」「独裁で力のない人々が死んでも、経済がよくなればそれでいい」

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そしてイミョンバクをプッシュします。「詐欺・脱税・選挙法違反などの犯罪歴がたくさんあるとしても、経済を立て直すなら、それでいい」とても嘆かわしいことですが、韓国民はこれに賛同します。ついにイミョンバクは大統領になり、ニューライトは新政府の閣僚として、あちこちの席を埋めます。彼らは今も歴史教科書が左に偏っていると主張しながら、植民地時代、独裁時代を近代化時代に変えるために奔走しています。

日帝時代―親日派―自由党―共和党―民政党―民自党―新韓国党―ハンナラ党へと繋がる勢力が、再び政権を握りました。大韓民国史上、彼らが権力を逃した時期は、たったの10年だけです。

そして彼らはこの10年を、「失われた10年」と呼んでいます。

一つだけ問いたいと思います。この国を、誇れる国だとお思いですか?

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訳者の追伸:

以上の文章には細かい間違いが多々見られます。
たとえば自由党は次に繋がらずに消滅してますので、
政党そのものは真っ直ぐ繋がっていないことになります。

ですので、このように「政党の流れ的な観点」から
特定の政党を「親日党」だとすることは間違いです。
上の記事は多分に扇動的な性格を帯びているのです。

であるのに、どうしてわざわざ訳そうと思ったのか?
それは民衆から見た「親日派」がどういうものかを、
一番わかりやすくまとめた記事だと思ったからです。

実際、近代史では以上のようなことが起こっており、
親日派ら、つまり大日本帝国のパートナーの方々は、
不当な権力に迎合することで、力を強固にしていき、
この国を牛耳り、独裁と搾取を正当化してきました。

私見ですが、日本人向けには、「独裁擁護派」だとか「反民衆勢力」とか、
的を射た言い方が今、思いつきませんが、何か別の単語に変えたほうが、
「日本と親しい者たちを引きずり降ろしたがる狂気じみた朝鮮・韓国民族」
といった印象攻撃にさらされることを予防できるのでは。と思うのだけど、
「親日問題」の実態が知らされていない現状では難しそうな気がします。




たとえば日本で反日法とされた「親日真相糾明法」、
その決議に反対した党にも独立運動家の子孫がいたり、
推し進めた党にも親日的人物の子孫がたくさんおられます。
ノムヒョンの精神的後継者といわれるユシミン元長官なんかは、
父も祖父も日帝に大変協力的な方でしたが、問題にされていません。

これはダブルスタンダードなのではなく、親日真相糾明法をめぐる対立は、
その行為を隠したがる、または正当化したがる者と、それを良しとしない者の
対立であったからです。調査をして明るみに出し、謝罪すべきことは謝罪しよう。
遅くなる前にけじめをつけようという側と、有耶無耶にすることを望む側の対立です。
(結局、ハンナラ党の反対が強く、元の意図を喪失した形で決議されるわけですが)

もはや日本など何の関係もない。韓国の権力者が韓国の民衆に何をしたか、
そういう問題でしかないわけです。たとえばベトナム戦真実糾明運動は反韓運動か?
断じて違う。加害者としてけじめをつけるための調査活動は、歓迎すべき運動です。

同じく、大日本帝国と一緒に民衆を搾取した者の子でも責任を取ろうとする者がおり、
歓迎すべきだと思いますが、それに反対する者たちが韓国の権力を握っているため、
それは簡単ではないことで、実際、挫折しています。(有名無実な法案になり通過)
このような国内対立において「韓国人の反日感情」を持ちだすことは歪曲報道です。


話がそれましたが、親日という単語は使う者と場合によって
独特のニュアンスがあることを、くんで頂きたいと思います。
そのニュアンスの一つの例として、上の記事を転載しました。
現時点の「親日派」問題には、このような観点もあるわけです。

つまり、ここでいう「親日派」は、広義のの親日派
(日帝附逆者=大日本帝国に積極協力した者)
ではなく、韓国の政治・経済構図における親日派
(既得権との談合で圧政の歴史に加担した者)
ということで、あえて紹介することにしたのです。


ついでに蛇足ですが、韓国の政治家が反日的な言動をするときは、
本当の反日とは限らず、逆に自分たちの親日行為を隠しとおすために
そういった言動を取り、感情問題を煽っている場合も多く、裏では親日派問題を
あくまで感情の問題に留め、過去清算の問題は封じようとしている場合も多いのです。

ハンナラ党のように言動は反日に見えて、親日真相糾明には一丸となって反対。
というような例がその典型ですが、それは党の路線であって、その構成員が本当の
親日派かどうか、なんてことは関係がないわけです。そのため、親日真相糾明法を推した
ヨルリンウリ党の議員が親日派の子でも問題にされないのです…と言っても、上の記事で
最初出てくるスズキ巡査のモデルがウリ党議員「신기남」氏の祖父「신상묵」だった(ちょw)
わけで、上のようなマイナー記事によることではないですが、少々有名な人だったので、
それはさすがに問題になって、その議員は議員職から下りたり…ウリ党にも
親日派だらけなのに、親日清算とか偽善も甚だしい!という攻撃をされて
足並みがぶれたりと、感情の問題になると過去清算は困難になるのです。

だから権力者は親日問題をあくまでも「反日感情」によるものだと印象付けようとする。
自分たちのアンフェアな行為を隠すためです。そのために学者を立てて日帝を美化する。
表では反日を繰り返す。反日記事ばかりの朝鮮日報が、親日新聞なのもその所以です。



「親日」とは、単純に「反日の逆」というのとはまるで違うのです。
韓国内の政治権力の問題なのです。彼らが善なる権力者なら、
親日派は称賛されるに値しますが、彼らは一貫して不正な方法で
アンフェアな社会を作っており、親日派の印象は悪くなる一方です。

このような韓国の親日派を、日本人は応援すべきでしょうか?
むしろ日本の恥だと思うんですけどね。まあ、権力層の方々は、
実際に裏で繋がっているようですが、私たちはどうすべきでしょうか?


なんにしろ、少なくとも『愚民』にはなり下がりたくないものですね。
権力者の目論見など、見抜いた上で決定を下してしかるべきです。

良識のある人々が率いる日本に、幸あることを望みます。

ちなみに私がハンナラ党に反対しているのは親日問題とは全く関係なくて、
保守既得権層のための政策ばかり打ち出す政党なのに、庶民のための
政党のふりをするためです…って親日問題と何も変わらないじゃん(爆)

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2010.07.05 | | # [ 編集 ]

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